東京高等裁判所 昭和54年(ネ)627号 判決
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【判旨】
三ところで、補助参加人は、被控訴人の母である寛子が武の生前に被控訴人の認知の請求をしていないこと、同じく寛子が昭和三七年九月二八日ころに前記認定のような覚書を作成していることなどの事由を挙げて、本訴請求が権利の濫用であると主張している。
そこで、右主張の当否について検討するに、認知請求権は放棄することの許されない権利であるから、そのような権利について権利の濫用の主張が許されるかについても大いに問題があるが、その点はさておき、本件認知の訴は、被控訴人の母である寛子が法定代理人(親権者)として提起したものではなくして、武の死後に成年に達した被控訴人が自ら提起したものであることは、本件記録上明らかであるから、仮に武の生前に同人と寛子との間に補助参加人主張のとおりの事実が認められるとしても、そのような事実は、被控訴人自身の提起した本訴請求の効力には何らの影響をも及ぼすものではないというべきである。しかも、武と寛子との間においても、前記の認定から明らかなとおり、武は、被控訴人出生の当時、寛子に対し、被控訴人が自己の子であることを認めるとともに、同人の認知については武とその妻との間の子供がすべて成人ないし結婚するまで待つように言つていたが、その子供のうち最年少の恒雄が成年に達したのは昭和四一年九月であり(これは前記認定の同人の生年月から明らかである。)、また、最後に同人が結婚したのは同四八年六月であること、寛子は、昭和三七年九月、被控訴人が武の子ではない旨の覚書の自己の名下に拇印を押し、これを武に交付しているが、これは、寛子が事実被控訴人が武の子ではないと考えていたものではないにもかかわらず、武との関係を清算するにあたり生活費に困り同人より五〇万円を貰うためにやむなく同人の要求に応じた結果にすぎないことなどの事情が認められ、寛子が武の生前に被控訴人の認知の請求をしなかつたことや、寛子が右覚書を武に交付したことについては、やむをえない事情があつたというべきであるから、右主張のような事由をもつて本訴請求が権利の濫用にあたるとする余地はないものと解すべきである。
(沖野威 奥村長生 佐藤邦夫)